2020年1月25日土曜日

放す2巻発売記念.③:単行本1巻巻末の『順位』ガチ考察

 こんにちは。



HN.天草硝子というものです。


普段はツイッター( https://mobile.twitter.com/SpiraLmeyby )にて色々垂れ流しています。






 さて、待ちに待った放課後すとりっぷの単行本第2巻が、今月127日に発売されます。

 きらら、というメディアから放課後すとりっぷの情報が提供されるのもこの2巻発売によって完全に終了することになります。(日夜コトリ先生ならワンチャン?())

 放課後すとりっぷに関する様々な考察も、この2巻発売によって最後の答え合わせが行われることになります。


 しかし、2巻がまだ発売していない今だからこそ積み重ねられる考察があるわけです。




 ここまでテンプレ)



 本編の内容でまだ解き明かされていない考察点は、前回の記事で既に色々記してあるので、

 そちらを見ていただければと思います。



 じゃあ何だってんだこの話、となりますが、
 この記事では本編から外れたある一つの問題点について考察していきます。





 ・単行本1巻巻末の『順位』ガチ考察



森みことの衝撃発言に沸き立つ5人(コラ

例の順位は左上⇒下⇒右の順ね!






◎そも、順位って何?


 放課後すとりっぷ単行本1巻の巻末に載っているあとがきで、若鶏にこみ先生は


 『折角なので「読んで下さった方が嬉しいような情報を書こう!」と思い』
 『主要キャラおっぱい順位でも記そうと思ったのですが、見ての通り』

 と、イラストを挟んで

 『だったので違う順位を記しておきます。』

 と記しています。



 この主要キャラおっぱい順位は

 【 なな >> イチカ > 六花 >>> 林檎,あかね 】

 でした。

 一番左のななさんには王冠のマークが付けられています。


 これは普段から深く読み込んでいる読者ならともかく、
 1巻を流し読んだような読者でも分かるような順位であると思います。



 問題はその次に描かれている『違う順位』。

 これはサムネイルの、左上からの順の通りに


 【 六花 あかね イチカ = 林檎 なな 】


 となっていました。

 また、優劣を決めるような>(大なり)が付いておらず、
 中心のイチカ(と林檎)を基準として、両端の六花とななにそれぞれ王冠のマークが付いています。


 この順位に関して、若鶏にこみ先生は『何の順位かは伏せます』と記しています。



 今回の記事は、この順位が『何』であるかを考察していく内容となっています。




◎『何』の順位かを絞り込む!



 放課後すとりっぷ本編ではこの順位に関して直接的な言及は何もされていませんし、
 若鶏にこみ先生からもこの順位が何であるかはまだ明確に伝えられていません。

 『peing-質問箱-』を使った放課後すとりっぷの質問会でもこの順位についても質問がありましたが、
 若鶏にこみ先生は
2巻待っていただけたら!できればオフィシャル媒体で答えたいので
と回答していますので、
 発表する可能性のある2巻の発売前ではまだ明らかになっていません。


 しかし、この順位がどういったものであるのかは、
 順位について言及している若鶏にこみ先生の発言から推察することができます。

 『何』の正体について、ある程度読み取れる要素から3つの要点を挙げられたので、そこから絞り込んでいこうと思います。



 要点①.

 まずは1巻のあとがきから。

 若鶏にこみ先生は、
『「読んで下さった方が嬉しいような情報を書こう!」と思い』、
 主要キャラおっぱい順位を記しています。


 おっぱい。

 この作品では放課後すとりっぷというタイトル名の通り、キャラクターが脱ぎ出すことが多いです。
 というかもうそれが作品のコンセプトです。

 読者はその光景を取り入れる中で、もちろんおっぱいの大きさについても目が映ることでしょう。
 おっぱいの大きさに関しての情報は、時に受け手側へのサービスともなります。

 若鶏にこみ先生はこの通例を踏襲して、主要キャラおっぱい順位を公開しようとしたのでしょう。


 そう、主要キャラおっぱい順位には
 『読んで下さった方が嬉しいような情報』
 という前提があります。

 つまり、議題となっているこの順位についても
 『読んで下さった方が嬉しいような情報』
 という前提があるのです。



 要点②.

 上記の文に続いて、
 『おっぱい』は放課後すとりっぷと密接に関わっていると言っていいものだと思います。
 即ち、この順位の内容は『放課後すとりっぷと何か関わりがある情報』だということが推察できます。



 要点③.

 そして、peing-質問箱-からの質問に回答した若鶏にこみ先生の発言より。

 若鶏にこみ先生は
 「2巻待っていただけたら!できればオフィシャル媒体で答えたいので」という文章に続いて、
 「もし忘れたり、「ダメです♡されたらココに書きにきます」と記しています。


 この「ダメです♡」とは、
 若鶏にこみ先生のこちらのツイートが語源となっています。





 これは本編20話に収録されているコマ(きらら6月号、p.14434コマ)の修正前と思われるもので、
 一般誌で扱うには危なくて編集さんからNGを出されてしまったシーンだ、
 と記されているものだと推察できます。

 ここで発言した「ダメです♡」とは、『NGだ、編集部からの圧力がかかる』等の意味であると推測できます。


 つまり、質問の回答にある『「ダメです♡」されたら』とは、先程のコマ同様に編集部からNGを出されてしまう可能性があるということ。

 この順位についても、一般誌として記すには危ないような内容ではないか、ということが間接的に語られています。




この3つの要点をまとめると


・放課後すとりっぷを読んだ人が嬉しむような情報である
・放課後すとりっぷと何か関わりがある情報である
・編集部から「ダメです♡」される可能性がある情報である


 という風になります

 これらに加えて、「大小等の優劣がなく、両端とも評価されるべきものである」という前提も含まれます。いやおっぱいの大小が優劣だと言ってるわけではないですが
 何の順位なのか、ある程度絞り込んで考えることができるようになりました。







◎結局のところ、選択肢は無限大



 さてある程度絞り込んだとはいえ、結局のところ選択肢は無限に存在するんですよね。
 思いついたことを順番に答えていっても、テレビ番組のクイズ形式みたいにヒントが出されて正解に近づくなんてこともないですし。

 というわけでここからは、私の脳内に思いついた答えを淡々と記していき、その答えに考察を挟んでいきます。


 なお、下にいくにつれて下ネタ的な意味で酷くなっていきますのでご了承を。




味覚【甘党-辛党】


 peing-質問箱-からの回答に、七瀬六花が甘党、ななさんが辛党だという情報が記されている。
 これより、好みの味覚による順位だという可能性を考えた。

 ななさんが6話にて持ってきたお菓子も辛いものだったので、放課後すとりっぷと関わりがあると言えなくはない。


 しかし、既に知られている情報を隠して再度掘り下げるということはありえないと思われる。
 また、その回答ではあかねはすっぱいお菓子好き、イチカはソース系のしょっぱさが好きと記しており、
 差異が2つに分けられるとも考えにくいのでNG



露出することへの恥じらい【有-無】


 ななさんめっちゃ脱いでるし、恥じらいとか全然無さそうだし、六花がめっちゃ恥じらいあるとしたらあり得るのでは?
 と途中まで考えていたけど、25話で六花が普通に脱ぎ出したのでNG



普段から着ける下着、勝負下着等の色【濃い-薄い】または柄【派手-地味】など


 六花さんとかゴッテゴテの黒いパンツ履きそうじゃね?それに秋映も意外と攻めるかも!と思ったけど、
 4話で林檎が手に取った下着が黒だったし、6話で「傘の色の好みって、下着の好みとイコールって言うよね」より林檎は黒でイチカが白だったのでNG



風呂の時間の長さ【長い-短い】


 23話にて、回想の分量が多いとはいえ六花は7ページに渡って風呂場に入っていたので、
 ひょっとして長風呂なのでは?と考えた。

 また、21話ではあかねが風呂に浸かっている時にななが風呂場に入ってきて、そのまま一緒に浸かっていった。
 二人がいつ風呂を出たかは分からないが、同じタイミングで風呂から出たとしたらあかねの方が長風呂ということになるだろう。

 また、林檎とイチカについては風呂に入るシーンが存在しないため15話の温泉入浴シーンについては森みことの妄想なので、参考にはしない)検証のしようはないが、
 設定上この順位の通りに当てはまるのかもしれない。


 露出度が高い放課後すとりっぷにおいて、風呂とは関わりがあるとも言えなくもない。

 しかし、読者が嬉しむ情報かと言えばそこまでの力強さでもなく、
 ましてや風呂の時間の長さという情報が「ダメです」されるのはあまり考えづらい。


 これが正解である可能性もあるので、候補の1つとして保留しておこう。



感情の重さ【重い-重くはない】


 キャラクター同士の関係性を主に映していく作品では、一人の他者の内面まで寄り添い感情を増幅させていくさまがよく見られる。

 怒り、悲しみ、嫉妬、羨望、恨み、諦念、情欲
 その人物の中で様々な感情が勘定され(激ウマギャグ)、固執したままその対象の人物と対峙してしまい、拗らせていく
 という風にセオリーが定着していくものである。


 近年では、そういった感情をひとまとめに『巨大感情』と呼ばれていることが多い。


 23話では六花の回想として過去のあかねとのエピソードが掲載されたが、六花が
 「私なら側にいても良いって 勝手に思っていた?」
 という思い込みを発生させた。

 六花とあかねのすれ違いの原点となった重要な局面で、ずっとあかねを見てきたが故のすれ違いを起こした六花。
 それを見た私はつい、一迅社より発売しているコミックの名前と重ねて
 「すれ違い巨大感情百合アンソロジーじゃん……
 と嗚咽するように叫んでしまった。


 https://www.amazon.co.jp/すれ違い巨大感情百合アンソロジー-百合姫コミックス-アンソロジー/dp/4758079412


 深掘りせず、短絡的に「巨大感情!!!w」と発言しまくるのは頭が悪くなりそうなので控えめにしておこう。


 ここで定義する『感情の重さ』とは、


・その人にどれほど執着しているか

・その人はこういう人間だ、という人物像をどの程度推し量っているか

・感情の中心がその人を主体になりつつあるか


といった観点から総合的に測ったものである。


 ……いやもうコッテコテで自分でも何言ってるか分かんねぇ!
 とにかく私が見て「あ、感情が重い!!」と思った部分をバロメーターにしていくだけです。


 23話の六花の例を見るに六花を最高潮だと捉えて、他4人と比べていく。


・青野林檎

 放課後すとりっぷの原点となっている『あかねに入部を拒否されたこと』。5話から最終話にかけてずっと、心の片隅にあかねの姿があった。

 しかし林檎は、入部を拒否されたあかねに対してどうこう感情を抱えているわけではない。
 『何かが足りなかったのだろうか』『秋映さんにまだ近づく勇気が持てないままだし』という風に、林檎は基本的に引っ込み思案な自分を案じていることが多い。


 本編終了後に林檎があかねと仲良くなったとして、秋映さんのことを考えても、それほど感情が動かされることはない、と考えられる。

 即ち、林檎はそれほど感情が重くなさそうな人物だ、と想定できる。


・白石イチカ

 作中でも楽観的な所や天然さが目立ち、
 基本的には知り合って好感触だった人には「いい人」という風に勘定している。
4話で林檎に六花を紹介する時や22話で六花へ林檎について再度話した時など)


 しかし10話から、美術部への確執がありそうな林檎に対して

 「(でしたらななさんに協力してもらえば… ……と言えればいいのに。言えない?)」

 と、林檎が美術部へ行ってしまうことを恐れているという心理が芽生えているのが見えた。



 ここからずっと、『放課後の空間を失くしたくない』『林檎と絵を描く都合以外でも仲良くなりたい』という思いに囚われてしまう。

 六花との相談や、林檎へ直接思いを打ち明けた時に励ましてもらい、この抱えている思いと正面から向き合うことができた。

 しかし、林檎が突如活動を解散させた時には愕然とし、発生源と思われる六花に何度も着信をかけるほど慌てていた。

 最終話では、「林檎がこの空間を好き」ということを認識したため、心の底から安堵しているような笑顔を見せた。


 振り返ると、放課後の空間や林檎に対する執着がとても大きいことが分かる。

 だが、何も問題が無いと判断した時には特に注視をしたりはしない

 『私の知っている、いつもの林檎さん』という認識を持つことに安心し、23話のように突如事態が変わることに対して非常に脆いのである。


 『自分の知っている世界がこうであるように』と望むこと。
 そのことがイチカにとって何よりも重要なのだろう。

 その中に、林檎やななさんと共に過ごす空間の維持が含まれているのは、感情が重いと言えるだろうか。
 何とも言い難い。結局分からない。


・なな(七瀬しちほ)

 イチカと同じく楽観的な性格。
 フットワークが軽く、他人が考えていることを深く追求したりはしない。

 3話にて「林檎さんてすごいなぁ」「イチカちゃんって ほんとはすごいんだね」
 と自分にない在り方について感心することもあるが、
 基本的にはその「すごい」止まりで、それ以上はない。


 ほんとに、めっちゃ悩んでいる所とかが無いんですよね。他人への追従のし無さは随一である。

 七瀬六花とは対極に、感情の重さでは堂々と【重くはない】部類に入りそうである。


・秋映あかね

 本編でも読み取れる通り、極度の人見知りである。
 放すの主要人物以外と話しているシーンがなく、友達が少ないのが伺える。
 誰かと話しているときは、考えていることが顔に出やすいタイプだが、
 基本的に感情を露わにすることは少ない。

 自分に様々な影響を与えてくれた六花には、自然と寄り添うようになっていった。

 (23話の六花の勘違いからきっかけに)知らずうちに距離を感じるようになってきた六花に疑問を持っていた。
 受験、高校入学、文化祭…様々な出来事があってから六花は絵を描くことを止めてしまったが、
 「六花が絵を描いている姿が好き」で、再び描いてほしいと望んでいる。


 17話で六花から「漫画を描くかもしれない」と聞いてから(違います)、21話でななに漫画について詳しいか質問したり、

 21話で林檎に、描いた絵を親しい人から「好きだと伝えてもられる事は、 嬉しい事だと思いますよ」という助言を貰ってから、25話で「六花はどういう色だろう……?」と六花を色で表現しようとすろなどして、六花に「すき」を伝えようと考えている。

 これらの描写より、日頃から六花のことを考えている所だったり、六花に対する執着の具合が大きさなどが見て取れるだろう。


 自分に様々な影響を与えてくれた幼馴染である六花。
 感情が六花を中心になりつつあるのは、当然のことだろう。



 というわけで、あかねは感情が【重い】部類に入りそうだ、と判定した。


 これらの考察をまとめると、

 重い【 六花 あかね イチカ = 林檎 なな 】重くはない

 と、1巻巻末の『順位』にそのまま当てはまりそうであり、
 これが正解である可能性は高い。

 ……とか言っても、結局はただのこじつけこのである。
 感情の重さはこの順番が当たっているにしても、内容が外れである可能性はあるので、ひとまず頭の中心に置いておこう。



生理の重さ()【重い-軽い】


 私は全く頭に無かったけど、Twitter上で意見を見かけたので参照に。
 ななさんとか気怠さを全然見せてないし軽そうだな!六花は結構重そう!と納得できるところがあった。

 冷静に考えて、放課後すとりっぷのストーリーに関わって無いし、
 いざ生理の重さです!!と言われても読者側もきょどるだけだと思うのできっとNG




性欲関連


 連載直前、若鶏にこみ先生はTwitterにて放課後すとりっぷをこのように紹介していた。




 この『性欲』という要点は、一見すると一読者の邪心から想像されるものだと捉えられ、
 これを正解だと言い張るのはナンセンスになるかもしれない。

 しかし、若鶏にこみ先生が『性欲あり』と紹介した以上、性欲は放課後すとりっぷに関わりがあると言えるだろう。




 しかも帯まで林檎さんの性欲を晒しているんだぞ!



 ここからは『性欲』に関して深掘りしていき、回答を幾つか記していく。



・日常的に抱えている性欲の量【有-無】


 六花とななさんの対比となるものを考えた上で、むっつりスケベそうな六花とめっちゃピュアなななさんが頭に浮かんだが、
 5人の中で性欲がありそうなのは間違いなく林檎がトップになるのでNG(全キャラ内なら森みことがトップ)。

 そもそも、六花やあかねが未登場である連載開始当初から『性欲あり』と紹介していたので、性欲林檎と結び付けられるだろう。



・備えている性知識の量【有-無】


 スケベな六花(失礼)とめっちゃピュアなななさんで対比した時に、知識量の差ではどうだろう?と思っていたが、
 こちらも間違いなく林檎がトップになるしイチカの方がもっと色々知らなそうなのでNG



・自慰行為の頻度【多い-少ない】


 自慰行為直接的な名前を伏せて言うとオニーだが、
 こちらに関しては日常的に性欲を抱いている林檎よりも六花の方が多い可能性がある。

 根拠もない持論になるが、
 私は、性欲の強さと性的消費の回数は必ずしも比例してるとは言えないと考えている。


 作中の人物から勝手に例を挙げていく。
 森みことと仮谷柚の2人のうち、性欲が盛んなのは森みことであると断言できるだろう。

 しかし性欲の量が上回っているとはいえ、自慰行為にふけこむ回数が多いとは限らない。
 普段から柚にセクハラしている分で満足している可能性や、双子の妹に構う時間を割かれて自慰行為に浸れないことだってある。
 逆に柚はそこまで普段は性欲が無くとも、普段からみことに弄り倒されていることを考慮すれば、反動で自慰にふけこむことも多くなるのではないだろうか。


 林檎は作中で一番性欲を抱いている人物だとは断言できるが、
 その性欲は普段、デッサン活動に向けていることで発散できているとも考えられる。

 林檎の自慰行為の回数がデッサン活動によって抑えられているとしたら、
 あまり性欲がなさそうな白石さんと同じぐらいの値になっても何らおかしくはない。

 ななさんはケロっとしてるし、自慰とか全然してなさそうにも見える。


 そうなると、性欲を抱いている順位から林檎を下にずらすとあの順番に相当するのではないだろうか。


 ……いや、そうでもない。
 白石さんは感度はある(上記の「ダメです♡」の修正後のコマ参照)にしても、デッサン活動で抑えられた林檎の性欲と同等だとは考え難い。
 知識量の無さを見るに、確実に下回ってるんじゃないかな〜と考えてしまう。 募った性欲とか全部食欲に還元されてるんじゃない?


 他と比べてこれが正解である可能性はかなり高いと思われるが、個人的には大本命だとは言えない。候補の1つとして保留しておく。



・【タチ-ネコ】


 作中では起こり得ないが、そういった行為に至った際に
 「七瀬六花絶対攻めだろ…」
 と思ったため候補として考えた。

 しかし、左から二番目の秋映が右3人に対して攻めになるシチュが考えられないのでNG…に近い。

 ななさんも押しが強そうだし。そういうところは姉妹そっくり。


 だが、今まで上げてきた例の中で一番『優劣で測らない』ジャンルであるために、これが正解である可能性もなくはない。

 或いは【ネコ-タチ】の可能性も……
 私のウルトラ解釈違いで実際は七瀬六花がネコだったらあり得る話である。()



・性欲の深さ【深い-浅い】


 作中では起こり得ないが(重要)、そういった行為に至った際に
 「七瀬六花絶対『満足』するまで長いだろ…」
 と思ったため候補として考えた。()


 ここでの『深さ』は、頻度,感度などとはまた別に、
 『一度交わった際に、
 どれだけの時間、どれだけの刺激を感じ取れば満足できるか』
 といった値の単位として示す。

 性的消費の回数が比例しないのと同様に、この『深さ』もまた性欲に完全に比例しているとは言えないだろうと考えている。


 さて……この項目に関しては、参考となる資料が何もない(あったら困る)。

 そういった行為、をしているキャラについて考察するというのは、実際に心情が見え隠れしている性欲の考察について以上に不毛なことである。


 というわけで完全に独断と偏見で評価することになるのだが……

 そもそも……性欲の深さって何かに比例しているのか?
 という疑問から解消していこう。

 行為をする際に必要な体力?感度の高さ?感情の重さ?含有している性欲の量?

 ……私の脳内では判断基準が全く分からないので、ウェブ上で【性欲が強い人の特徴】やらで調べてみた結果、こういう基準があった。

 ①肉食
 ②筋肉量
 ③身長が低い
 ④人差し指よりも薬指の方が長い
 ⑤毛深い
 ⑥オイリー肌
 ⑦真面目な性格
 ⑧勝気な性格
 ⑨2次元にハマっている
 ⑩コンプレックスを抱えている
 ⑪露出が多い
 ⑫お酒好き
 ⑬好奇心旺盛


 いや、分かるか!!!!!!!!!!!
 ①②⑤⑦⑫とかは納得できるけど、③だったらあかねと六花の身長差だったりとか⑪とかみんな脱いでるしばらつきが多すぎる!!!!!!


 色々考えたのですが、解説することができませんでした。
 上記の特徴にしても、様々な要素が絡み合ってその人物の性欲が構成されているのですから、一概に「ここがこうだから性欲が深い!」だなんて判別はできませんね。


 ただ、「七瀬六花絶対『満足』するまで長いだろ…」は本当に直感でそう思っています。
 というかこの順位が当てはまっている、というのは以前から考えていました。
 
 最初から「この順位は性欲度ランキングかな?」と思っていたのですが、林檎とイチカが同等だとは思えなくて疑問に感じていました。
 しかし、林檎はそういった行為の場合、そこまでの深さはなさそうだな……と判断して、自然と『性欲の深さ』だと思い込むようになったのです。

 根拠がうまく言えないのは悔しいですが、結構自信があります。
 というか正直「性欲の深さランキングだ!!」と主張したくてこの記事を作ったレベルですよ。
 

 ……などと完全に感情論で可能性が高いと思っているが、全然違っていたのならば素直に撤退しよう。
 


・絶頂までの速さ()【遅い-速い】


 これもまた、抱えている性欲の量や頻度,感度,深さとは別カテゴリの値である。各キャラに同程度の「気持ち良さ」を与えたとして、一番速く絶頂に達しそうな人物を考えてみる。


 …………いや、分からない!!!!!!!!!!参考情報とか、無い!!!!!!!!!!!!!

 そこまで踏み込んで考えると、もはや本編に何も関わりがない問題になってしまうのでほぼ違うと考えて良いだろう。
 でも六花に舐められながら連続で激しくイってしまう秋映は見たいよね



・生えた時のモノの大きさ()【大きい-小さい】


 若鶏にこみ先生は、同人活動でふたなりを描いていることもある(当然R-18)。
 なので、一般向けとはいえ若鶏にこみ先生の作品である放課後すとりっぷとも、ふたなりは切っても切れない関係なのでは……?()

 とか勝手に思ったけど、
 六花が大きいと仮定するとななさんも当然大きいと考えられるので尚のことNG



・生えた時の絶頂までの速さ()【遅い-速い】


 じゃあ早漏かどうかで判断よ!
 とか頭によぎったけど、林檎さんが群を抜いて早漏っぽさがあるのでNG







 はい、というわけでこんなもんですかね。



 ひとまず私の予想としては、

 性欲の深さ
 ◎感情の重さ

 〇自慰行為の頻度
 △風呂の時間の長さ
 

 といったところになります。
 いや、自分で言っててなんだけど酷いな……




 この問題について、本当に何度も考えました。
 何度考えても、確信めいた答えが掴めませんでした。

 再考しても再考しても、結局は性欲か感情か……といった、
 自分が無意識のうちに放課後すとりっぷに求めていたのかもしれない要素に追従するように頭が働いてしまって……

 これで例えば美術関連が正解だった場合、完全にお手上げですね。





 放課後すとりっぷ関連の謎の中で、
 世間から一番注目されてたであろう1巻巻末の『順位』。

 その答えは、確実に2巻に収録されてます。
 

 ここまで読んで下さった皆様も、この順位に関して独自の予想を立てている方も多いでしょう。
 また予想をしきれていない方なら、この記事を読んで、発売前最後の考察として参考にしていただければと思います。

 
 この考察は、発売前の今だからこそ楽しめるものです。
 発売したら、私はこの考察を踏まえて「当たったッッッ!!!!!」やら「それかあ~~~~………!!」やら「そんなん分からんわ…」と言っていることでしょう。
 皆様もぜひ、発売前の今存分に考察して、発売後に臨んでいただけたらと思います。


 放課後すとりっぷ2巻…発売まであとわずかです
 

 まんがタイムきららweb 作品紹介ページ 放課後すとりっぷ 第2巻
 http://www.dokidokivisual.com/comics/book/index.php?cid=1574


 Amazon 放課後すとりっぷ 2巻(まんがタイムKRコミックス) 





 引用元:pm02:00 blog 放課後すと何とかのお便り紹介 2019/7/23
 https://pm0200log.tumblr.com/post/186489731651

2020年1月24日金曜日

放す2巻発売記念.②:まだ明らかになっていない要素


 こんにちは。


HN.天草硝子というものです。

普段はツイッター( https://mobile.twitter.com/SpiraLmeyby )にて色々垂れ流しています。





「私の性欲を好いてくれてありがとう…」、まさかのキャッチフレーズ化



今月127日に、放課後すとりっぷの最終巻となる第2巻が発売されます。

 きらら、というメディアから放課後すとりっぷの情報が提供されるのもこの2巻発売によって完全に終了することになります。(にこみ先生が同人で出す未来とかあるかな……)

 放課後すとりっぷに関する様々な考察も、この2巻発売によって最後の答え合わせが行われることになります。


しかし、まだ2巻が発売していない今だからこそ積み重ねられる考察があるわけです。




(ここまでテンプレでした)







というわけで、前回の記事に次いで今回のテーマはこちら。



・まだ明らかになっていない要素






 今回は、放課後すとりっぷの作中でまだ明らかになっていない要素について振り返り、考察していきます。


 

 前回の記事で、作中のすれ違い要素が複雑で『誰が誰の何を理解しているか』を理解しきれずにいた、「分からない…」という感想をネット上で見かけた、ということを紹介しました。

 若鶏にこみ先生も「地獄のようなすれ違い劇」と述べている通り、全体を一目通しただけでは簡単には理解できない内容です。

しかし、ある程度のすれ違い要素は作中で見られる範囲で解消されています。
 


というわけで、作中のすれ違い要素を総復習していきましょう!…

…と思っていたのですが、リアルの方で時間が足りなくなってしまいました。

 


 すれ違い要素の総復習は2巻発売後にも可能ですので(記事を描くかどうかは別として)
 今回は、まだ2巻が発売していない今だからこそできる考察…
 最終回を迎えた今でも、未だに明らかになっていない要素を考察していきます。







(ここからちょっと口調が『だ』『である』に変わります)






錯綜した二人の想い



 さて、放課後すとりっぷの作中で、最終話を迎えた今でもまだ明らかになっていない要素がある。それは……




    高校に入ってから小梅先生のところだけではなく、高校の美術部でも絵を描いている理由


    あかねが六花に拒絶した物事、またその理由


   六花が『絵を描くのは諦めた』理由と、「そう決めたのは 私のため」の意味




この3つである。散々口酸っぱくして言ってましたが…






23話の六花の回想にて、六花とあかねのすれ違いの原点となる六花の思い込み「私なら側にいても良いって 勝手に思っていた?」が生まれた。

ここから最終話に至るまで、六花は「他人が側にいるとあかねは絵を描けない、自分もその『他人』の一人だったんだ」と思い込んでいた。

しかし、最終話であかねが「また六花と… 一緒にいられるかも…しれないし…」と発したことにより、
「一緒にいられない」と思い込んでいた六花の思い込みが撤回。大撤回。
「何でも書こう!」と六花が正面から向き合い、昔と同じような関係に戻ったと思われる。


回想部分を含め、六花とあかねには様々なエピソードがあった。

その中で未だ明らかになっていないのが、この3つである。





    高校に入ってから小梅先生のところだけではなく、高校の美術部でも絵を描いている理由





まず、21話のあかねの回想より。

六花とあかねが中学3年生の頃、現在通っている高校へと進路を決めたあかね。
5話の林檎,,みことが学校見学目的の文化祭で名前を出した『県立』と同じく、林檎の母親…小梅さんの母校である美術が有名?な高校で美術をやろうとは考えずに、
今後も小梅先生のもとで絵を描いていくととれる発言をしていた。


次に5話。

林檎の回想として、林檎,,みことが学校見学に、『私立』の高校の文化祭に訪れた。
林檎は美術部の「小さい方」の展示を描いた「秋映あかね」の存在が気になり、突き動かされたように私立への進学を決めた。


最後に25話。

六花の前で放課後の活動をすることになった林檎。
書かれる側は脱いで下着になり、いざ活動となった時にななと六花が
「そういえばさっきあかねちゃんと会ったよ」
「え?ええ、いつ 今日あいつ教室じゃないか?」と話した。
「今日は公民館お休みだと思うよ?」から、あかねがこの空間に介入する事態を考えて「めちゃくちゃ 今、やばくないか……?」



 これより、あかねは『私立』に入ったにも関わらずに、高校の美術部に入部し絵画教室と両立している、ということが分かる。

しかし、この状況に至ったきっかけは何も示されておらず、空白のまま最終話を迎えたのだった。



さて、どのようにしてあかねと六花は美術部に所属することになったのか。




これについて明確な情報は未だ無いが、舞台背景からある程度の理由が推察できる。


まず、5話の高校の文化祭の回想から。
あかねの絵(小さい2つの)を見た時、柚は「入口の旗の装飾もこの人じゃないか?」と発した。
実際、旗の装飾もあかねが担当していたのだろう。

次に7話では、あかねの描いたものとして欲しがった林檎が、昨年の球技大会のポスターをもらっていた。
即ち、昨年の球技大会のポスターをあかねが担当しているということが分かる。

そして再び戻って5話の、あかねにフラれた林檎に六花が話しかけた場面。
六花は林檎に「学内企画のポスターとか、毎月色々で この美術部は忙しい… 好きな絵を描く暇があんまりない」と話した。


これらの状況から見るに、美術部はあかねにおんぶにだっこな状態であるということが推察できる。


六花が絵をやらなくなった今年はまだしも、昨年はあかねが1年生であるにも関わらず、様々な学校の備品の装飾をあかねが担当している。

そういう経緯から見るに、美術部は元々部員が少なかったのではないか、と考えられる。



以上の条件を鑑みたうえ、私はこのように考察した。



・あかねは予定通り小梅先生のところで絵を描く予定だった。

・しかし、部員が足りなかった美術部側が、美術を習っていたあかね(と六花)の美術部への入部を熱望させた。

・部員も少なく(もしかしたら部員がいない状態だったかもしれない)、六花とあかねは、あかねでもここなら静かに作業できそうだと判断して、入部した。

・六花も当然のように入部。


こういった経緯であれば、過去の発言と背反している現在の状況について納得することができるだろう。






    あかねが六花に拒絶した物事、またその理





 6話にて、美術室に来たけれど絵を描こうとはしない六花に対して、
 あかねは「私が拒絶したとは言え 別に今に始まったことじゃない 六花は、今年からぱったりと絵をやらなくなった」と心の中で呟いた。



これより、六花は今年に入ってから絵を描いていないことが、

そして、過去に「あかねは六花を拒絶した」という出来事があったと読み取れる。




また、5話の回想のみこと「大きい方はともかく」と、21話のなな「でもお姉ちゃんヘタだよ?」から、

美術部の展示の「大きい方」はおそらく六花が描いたものだろうと推察できる。

即ち、文化祭当時は六花もまだ絵を描いていたと思われる。



 林檎たちが入学してきた『今年』からぱったりと絵をやらなくなった六花。

 その理由には、あかねの『拒絶』も多少は関与してくるだろう。



 さて、あかねはいつ、どうして六花を拒絶したのだろうか。




 まずは、六花の何を拒絶したのかについて。

 6話の「私が拒絶したとは言え」の前のコマにある「居るくらいなら別にいいだろ?」「(描きにきたわけじゃない、か…)」より、
 おそらくは『六花が美術室で絵を描くこと』に関連していると思われる。



 すぐ下のコマの「(寂しいなんて思ったらいけないけど)」や、
 17話での「(また絵を描いてくれるんだ……)」
 21話の「ああいう空間は もう二度と作れないんじゃないかと 少しおもう」では、
 あかねの「また六花が絵を描いてほしい、一緒に描きたい」という本心が読み取れるが、
 その想いとは対極にある出来事である。


 こういった背景から考えると、あかねが拒絶した時には、

『六花が美術室で絵を描くことに対して、あかねは何かしらのわだかまりがあった』のだと考えられる。

 


 そのわだかまりとは何なのか。

関与してくるのが、『六花が絵を描かなくなってきたこと』だろう。



あかねの「別に今に始まったことじゃない」は、六花が絵を描かなくなってきたことを指している。


 23話の回想で六花が「もういらないかもしれないな」と言っていた頃から、あかねとすれ違いの溝が深まっていくのと同時に、六花が絵を描くことに対する執着が薄れつつあるのが分かる。

 あかねもその事実を徐々に知りつつ、「なんとなく居心地がわるくなって」いった中で、高校へと進学したのだろう。




さてここから、六花とあかねが高校1年生の時の出来事について、読み取れる範囲で記していく。


 ・六花は「私なら側にいても良いって 勝手に思っていた?」というすれ違いを継続している。

 ・『私立』の高校に入学、二人とも美術部に所属することになる。

 ・二人とも、文化祭にて絵を展示する。

 ・あかねは『旗』『生徒会のポスター』など、様々な学校の備品の装飾を担当していた。

 ・六花はランジェリーショップでアルバイトを始めた。理由は表向きには「進学費」

 ・六花は今年に入って、「ぱったりと絵をやらなくなった」。




 この時系列の中から、拒絶したタイミングを考えたところ、
 六花は文化祭にて絵を展示していたため、おそらく文化祭の後だろうと推察することができる。


 文化祭が開かれた時期は、


・文化祭最中の高校生の制服が春と同じである⇒夏には開かれていない

・鎌西(林檎たちの通ってた中学)の制服も夏服ではない

・美術部でのあかねの作業量が多い


といった要点から、9月~12月頃であると推察できる。

即ち、あかねが『拒絶した』時期も9月~12月頃だと考えられる。


 

 最後に残るのが、『どうして六花を拒絶したのか』について。




 この要点は次の項目に関連してくるため、下記にまとめていく。

 



   六花が『絵を描くのは諦めた』理由と、「そう決めたのは 私のため」の意味



 17話にて、物憂げな表情であかねとの出会いの回想にふけていた六花
「(懐かしいな… もう5年以上も前の事なのか)」



 置いてあった飲み物が冷めていることに気づき、温めなおしにいった時に、六花が発した

 「あれから中学があって 受験があって… …私は絵を描くのは諦めた 描くことがいやになったわけじゃない そう決めたのは 私のため」

 というモノローグ。




六花が絵を描かなくなったことについては、上記の通り、

『あかねとすれ違いの溝が深まっていくのと同時に、絵を描くことに対する執着が薄れてきた
という心情の背景によるものだろう。




しかし、ここで六花は「絵を描くのは諦めたと示している。


「諦めた」という言葉は、見込みがない、仕方ないと思いきることであり、

ここでは絵を描くことに対しての馳せる思いや興味などの未練が残っている、という意味合いが読み取れるだろう。



また、「そう決めたのは 私のためという台詞でも引っかかる部分がある。


六花が絵を描かなくなってきた原因は、「私が側にいてもあかねは絵を描けない」という思い込みに基づいており、元々は「あかねのため」であると考えられる。


「絵を描くのは諦めた」理由が「あかねのため」であれば、この思い込みから引き継がれたものであり、
結局やめてしまったんだ、と納得できるかもしれないが……


六花は去年までは絵を描いていたことに着目すると、
何か出来事がなければ「絵を描くのは諦めた」という示し方はしないだろう。




ここで関わってくるのが、あかねの「拒絶」だ。


あかねは『六花が美術室で絵を描くこと』にわだかまりを感じていた。

絵画教室で一緒に描いていた以前の雰囲気とは一変に、すれ違い後の絵を描かなくなってきた六花とは、
美術室に一緒に居ても居心地が悪くなっていったのだろう、と思われる。


つまり、あかねは
居心地が悪い状態にわだかまりを感じて六花に「拒絶した」のだといえる。





以上の条件を鑑みたうえ、
七瀬六花の解釈の流れをこのように考察した。



・あかねから拒絶された

・これ以上一緒に絵を描いていてもあかねのためにはならない

 ・あかねのために執着していたことなのに、
 あかねに拒絶されてしまっては、
 最早何のために絵を描いているのか分からなくなった

 ・絵を描くのを止めてしまえば、
 この自分が今抱えている絵を描く度に抱える重たい雰囲気を
 断ち切れるのかもしれない




 …と。

 こういった経緯なら、「そう決めたのは 私のため」という台詞に繋がってもおかしくないと考えられる。




 

(または、「あかねの絵を見たい、あかねが絵を描き続けていてほしい」という想いを「私のため」として捉えれば、

あかねにとってわだかまりとなっている自分は絵を描くことを諦めればいい、という思考を成立することができる。

しかし、「諦めた」という心情への結びつきが弱く、可能性は薄いと考えられる。)





つの考察をまとめると、



    高校に入ってから小梅先生のところだけではなく、高校の美術部でも絵を描いている理由

 ⇒美術部は元々部員が少なく、
 高校側からあかね達に美術部への入部を誘ってきた



    あかねが六花に拒絶した物事、またその理由

 絵を描かなくなってきた六花と居心地が悪い状態が続き、
 文化祭が終わった後の時期に、
 あかねは、六花が美術室で絵を描くこと拒絶した


   六花が『絵を描くのは諦めた』理由と、「そう決めたのは 私のため」の意味

 あかねに絵を描くことを拒絶されて、
 最早何のために絵を描いているのか分からなくなり、
 この重たい思いを断ち切るために絵を描くことをやめた







…と、このように結論付けてみたのですが、いかがだったでしょうか。


ん…いやなんか自分でまとめといてますますよく分からなくなってきたような気が……



六花とあかねの高校1年生でのエピソード。
すれ違いを増幅させていった過程としてどのような内容なのかめちゃくちゃ楽しみにしていたのですが、
きらら掲載時には最終回になっても判明されることはありませんでした。



実際の答えはおそらく2巻にて判明するでしょう!
と思いながら2巻を待ち続けて2か月が経ったのですが……




その前に!!!!!

 

先日行われたコミックマーケット97で若鶏にこみ先生と話した際、これら明らかになってない要素について尋ねたところ、

それら殆ど、

2巻に収録されているらしいです!!!!!!!!!

(若鶏にこみ先生にこの情報を公開していいか確認したところ、許可を貰えました。
 本当にありがとうございます





 さあてますます2巻が楽しみになってきました。

 てかもう発売までもあとわずかですよ。
 考察が的外れだったらこの記事、ただのミスリード人間の主張ってことになりますね()


これらの考察が当たっているかどうかはさておき、六花とあかねのすれ違いの導線が結び付けられる瞬間が、非常に、非常に楽しみであります。


 放課後すとりっぷ2巻…もうすぐです!



 まんがタイムきららweb 作品紹介ページ 放課後すとりっぷ 第2巻
 http://www.dokidokivisual.com/comics/book/index.php?cid=1574


 Amazon 放課後すとりっぷ 2巻(まんがタイムKRコミックス) 
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